K-1武尊の戦績がマジでやばい件 [格闘技 K-1]
K-1武尊の戦績(戦歴)がマジでやばい件
先日のK-1スペシャルマッチで小澤海斗を見事3-0圧勝の判定勝ちをおさめた武尊
武尊の戦績やこれまでの生い立ちをまとめてみたら超やばかった
※K-1は現在では新生K-1として2014年から再スタート。
武尊は55kg級という一般的にKOが少ないと言われる軽量級でKOの山を築き上げ現在、新生K-1の新カリスマと呼ばれる選手です。
武尊は「K-1でも-55kgが一番面白くて、KOが多い階級にする」と豪語し、常にKOを意識した攻撃的なスタイルが見ている観客やファンからも絶大な人気を誇っています。
試合中によく「ニタァ~」とほほ笑む姿が印象的です。
殴るのも殴られるのも好きで試合中は気分がハイになってきてしまい笑顔になるという。
★2013年、寺戸伸近を撃破してKrush(クラッシュ)-58㎏級王座を獲得する★
★2014年「K-1 WORLD GP-55kg王座決定トーナント」でK-1-55kg級初代王座に輝く★
まずリングネームの武尊(たける)ですが、本名の世川 武尊をそのまま使っています。
すごく良い名前ですね!歴史が好きな両親が日本武尊(やまとたけるのみこと)から付けた名前だそうです。
※日本武尊はスサノオ命と並ぶ古代の大英雄の一人です。
本人もこの名前が気に入っていて「プロになってもこの武尊(たける)の名前でリングに出る」と決めていたそうです。
小学校の頃にテレビで見たK-1選手のアンディ・フグに憧れて小学校2年生で空手を始める。
武尊のバックボーンには空手があるんですね!!
高校は3ヶ月で退学その後、定時制高校(通信制高校)に入る。
高校に再入学したのは、学歴の為ではなくK-1甲子園に出るためと本人は語ります。
またこの高校時代に本場の技術を学びたいとムエタイが有名なタイに単独武者修行に出ます。
タイの滞在費はバイトやバイクを売って調達した30万円。
風呂もなく寝泊りはタイ人と雑魚寝の辛い日々で、すぐに心が折れそうになったが、強くなるために帰るわけにはいかなかったという。
日本に帰国後、念願の「K-1甲子園」に出る。
ただこの「K-1甲子園」には蹴り制限があったりと独特のルールに馴染めず惨敗をくらう。
納得のいかなかった武尊は大会プロデューサーである前田憲作に泣きながら「僕はもっと強いんです。こんなもんじゃないんです」と訴えた。
武尊に将来を感じた前田憲作(現在のK-1プロデューサー)は「チームドラゴンにきたらもっと強くなれる」と武尊を現在の所属事務に誘ったそうです。
武尊は高校卒業後、迷うことなく「チームドラゴン」に入門。
入門時はお金がなく19円特売の「もやし」ばかりを食べていてガリガリだったが格闘家で成功するという夢の力でやっていけたという。
もちろん、昼は練習、夜は居酒屋でバイトの生活だったが、その居酒屋の料理長がすごく粋な人で賄(まかな)いは本来一食だったところを二食だしてくれてなんとか生活できた。
そしてKrush(クラッシュ)のデビュー戦から5戦して4KOと破竹の勢いで勝ち進める。
小さいころから目立ちたがり屋だった武尊は勝ってバク中するパフォーマンスも初めから決めていたそうです。
髪を赤くしたりモヒカンにしたりしたのも、ちょっとでもお客さんに注目してもらって自分を覚えてもらうため。
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そして2012年プロデビューから6戦目で初の黒星。ここで武尊のターニングポイントが訪れる。
試合内容は試合中に武尊の鼻が折れドクターストップによるTKOだった。
ここで負けると全てが終わると思った武尊は「まだできる」と鬼の形相でリングドクターに食って掛かった。
負けを確信した控室で武尊は「格闘技を辞める」と言ったそうです。
そこで止めたのがチームドラゴンのチームメイトでもあった卜部(うらべ)兄弟だったという。
そしてこの負けをきっかけに戦い方を見直し一変した武尊。
今まではKOだけを意識した猪突猛進型だったインファイトのスタイルをガードをしっかりと上げカウンターを狙うスタイルにも挑戦。
この初の黒星が今の武尊のスタイルを作った大きな要因であることは間違いないです。
キックは上中下に散らし、攻める時は攻め、引くときは引くということを覚えたのが今の絶対王者である「武尊スタイル」を作ったのは言うまでもないでしょう。
ただKOの意識は常にあり、倒せるときは思いっきりパンチを振り回し倒しにいくというスタイルは変わっていない。格闘家に必要な「当て感」のスキルが武尊には飛びぬけて高いのだと思う。…後のK-1 WORLD GP 2014 大雅戦などで繰り出したバックブロー等特にそう思います。
その後、武尊は快勝を繰り返し2013年に寺戸伸近を倒し見事Krush(クラッシュ)-58㎏級王座を獲得する。
そこで武尊に復活した新生K-1からのまたとないオファーが舞い込んでくる。
2014年11月に当時無敗だった同じKrush-55kg王者「大雅」にK-1スーパーファイトにて見事勝利し新生K-1を飾る。
その後、K-1では58kg級がなかったため55kgに階級を落とし2015年「K-1 WORLD GP-55kg初代王座決定トーナント」に出場し、決勝戦では2度目の戦いとなる大雅戦を見事下し初代チャンピオンに輝く。
ただ、現状の新生K-1に満足してないと武尊は語る。
旧K-1は地上波でもバンバン流れていて大晦日には特番が組まれていたほど人気があった。
現在の新生K-1はあの全盛期に比べればまだまだ見ている人も少ないし、K-1が復活したことを知らない人も大勢いる。
そんな中で今の新生K-1をK-1の絶対チャンピオンとして盛り上げたいと語る武尊。
24歳でまだまだ若いし、野心もあるしこれからが楽しみですね。
またK-1の階級も最軽量の「-55kg」から今までは60kg、65kg、70kg~と5kg刻みだったのが新たに「-57.5kg」「-62.5kg」「-67.5kg」の階級が追加されました。
そうなると今までKrushで58kgで戦っていた武尊は当然「-57.5kg」も視野に入っていると思います。そうなると2階級制覇の夢もあります。
また今後は-65kgで2連覇を果たした現在最強の呼び声が高いゲーオ・ウィラサクレックは4階級を制覇したいと言っているのでどこかの階級で武尊VSゲーオの夢の対決も見れるかもしれません(>_<)
またキックボクシングで神童と呼ばれる無敗の王者である那須川天心も武尊を意識しているようですし、武尊VS那須川天心とかも楽しみ過ぎます!
夢は膨らみますね~
武尊はK-1を広めるためにいろいろなメディアに出ているのであのキャラクターもあり必然的にK-1や武尊が注目されるのは間違いないでしょう。
ホントにこれからが楽しみですね♪
K-1新カリスマ武尊のサクセスストーリー
先日のK-1スペシャルマッチで小澤海斗を見事3-0圧勝の判定勝ちをおさめた武尊
武尊の戦績やこれまでの生い立ちをまとめてみたら超やばかった
※K-1は現在では新生K-1として2014年から再スタート。
武尊は55kg級という一般的にKOが少ないと言われる軽量級でKOの山を築き上げ現在、新生K-1の新カリスマと呼ばれる選手です。
武尊は「K-1でも-55kgが一番面白くて、KOが多い階級にする」と豪語し、常にKOを意識した攻撃的なスタイルが見ている観客やファンからも絶大な人気を誇っています。
試合中によく「ニタァ~」とほほ笑む姿が印象的です。
殴るのも殴られるのも好きで試合中は気分がハイになってきてしまい笑顔になるという。
★2013年、寺戸伸近を撃破してKrush(クラッシュ)-58㎏級王座を獲得する★
★2014年「K-1 WORLD GP-55kg王座決定トーナント」でK-1-55kg級初代王座に輝く★
武尊基本情報
本名:世川 武尊
生年月日:1991年(平成3年)7月29日 (※24歳)
出身地:鳥取県米子市(よなごし)
身長:168cm
体重:55kg(試合体重)
体重:64kg(通常時体重)
所属:チームドラゴン
入場曲:「touching on my」 / 3OH!3
戦績: 26戦25勝(14KO)1敗
生年月日:1991年(平成3年)7月29日 (※24歳)
出身地:鳥取県米子市(よなごし)
身長:168cm
体重:55kg(試合体重)
体重:64kg(通常時体重)
所属:チームドラゴン
入場曲:「touching on my」 / 3OH!3
戦績: 26戦25勝(14KO)1敗
まずリングネームの武尊(たける)ですが、本名の世川 武尊をそのまま使っています。
すごく良い名前ですね!歴史が好きな両親が日本武尊(やまとたけるのみこと)から付けた名前だそうです。
※日本武尊はスサノオ命と並ぶ古代の大英雄の一人です。
本人もこの名前が気に入っていて「プロになってもこの武尊(たける)の名前でリングに出る」と決めていたそうです。
小学校の頃にテレビで見たK-1選手のアンディ・フグに憧れて小学校2年生で空手を始める。
武尊のバックボーンには空手があるんですね!!
高校は3ヶ月で退学その後、定時制高校(通信制高校)に入る。
高校に再入学したのは、学歴の為ではなくK-1甲子園に出るためと本人は語ります。
またこの高校時代に本場の技術を学びたいとムエタイが有名なタイに単独武者修行に出ます。
タイの滞在費はバイトやバイクを売って調達した30万円。
風呂もなく寝泊りはタイ人と雑魚寝の辛い日々で、すぐに心が折れそうになったが、強くなるために帰るわけにはいかなかったという。
日本に帰国後、念願の「K-1甲子園」に出る。
ただこの「K-1甲子園」には蹴り制限があったりと独特のルールに馴染めず惨敗をくらう。
納得のいかなかった武尊は大会プロデューサーである前田憲作に泣きながら「僕はもっと強いんです。こんなもんじゃないんです」と訴えた。
武尊に将来を感じた前田憲作(現在のK-1プロデューサー)は「チームドラゴンにきたらもっと強くなれる」と武尊を現在の所属事務に誘ったそうです。
武尊は高校卒業後、迷うことなく「チームドラゴン」に入門。
入門時はお金がなく19円特売の「もやし」ばかりを食べていてガリガリだったが格闘家で成功するという夢の力でやっていけたという。
もちろん、昼は練習、夜は居酒屋でバイトの生活だったが、その居酒屋の料理長がすごく粋な人で賄(まかな)いは本来一食だったところを二食だしてくれてなんとか生活できた。
そしてKrush(クラッシュ)のデビュー戦から5戦して4KOと破竹の勢いで勝ち進める。
小さいころから目立ちたがり屋だった武尊は勝ってバク中するパフォーマンスも初めから決めていたそうです。
髪を赤くしたりモヒカンにしたりしたのも、ちょっとでもお客さんに注目してもらって自分を覚えてもらうため。
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プロで初めての黒星
そして2012年プロデビューから6戦目で初の黒星。ここで武尊のターニングポイントが訪れる。
試合内容は試合中に武尊の鼻が折れドクターストップによるTKOだった。
ここで負けると全てが終わると思った武尊は「まだできる」と鬼の形相でリングドクターに食って掛かった。
負けを確信した控室で武尊は「格闘技を辞める」と言ったそうです。
そこで止めたのがチームドラゴンのチームメイトでもあった卜部(うらべ)兄弟だったという。
そしてこの負けをきっかけに戦い方を見直し一変した武尊。
今まではKOだけを意識した猪突猛進型だったインファイトのスタイルをガードをしっかりと上げカウンターを狙うスタイルにも挑戦。
この初の黒星が今の武尊のスタイルを作った大きな要因であることは間違いないです。
キックは上中下に散らし、攻める時は攻め、引くときは引くということを覚えたのが今の絶対王者である「武尊スタイル」を作ったのは言うまでもないでしょう。
ただKOの意識は常にあり、倒せるときは思いっきりパンチを振り回し倒しにいくというスタイルは変わっていない。格闘家に必要な「当て感」のスキルが武尊には飛びぬけて高いのだと思う。…後のK-1 WORLD GP 2014 大雅戦などで繰り出したバックブロー等特にそう思います。
その後、武尊は快勝を繰り返し2013年に寺戸伸近を倒し見事Krush(クラッシュ)-58㎏級王座を獲得する。
そこで武尊に復活した新生K-1からのまたとないオファーが舞い込んでくる。
2014年11月に当時無敗だった同じKrush-55kg王者「大雅」にK-1スーパーファイトにて見事勝利し新生K-1を飾る。
その後、K-1では58kg級がなかったため55kgに階級を落とし2015年「K-1 WORLD GP-55kg初代王座決定トーナント」に出場し、決勝戦では2度目の戦いとなる大雅戦を見事下し初代チャンピオンに輝く。
ただ、現状の新生K-1に満足してないと武尊は語る。
旧K-1は地上波でもバンバン流れていて大晦日には特番が組まれていたほど人気があった。
現在の新生K-1はあの全盛期に比べればまだまだ見ている人も少ないし、K-1が復活したことを知らない人も大勢いる。
そんな中で今の新生K-1をK-1の絶対チャンピオンとして盛り上げたいと語る武尊。
24歳でまだまだ若いし、野心もあるしこれからが楽しみですね。
またK-1の階級も最軽量の「-55kg」から今までは60kg、65kg、70kg~と5kg刻みだったのが新たに「-57.5kg」「-62.5kg」「-67.5kg」の階級が追加されました。
そうなると今までKrushで58kgで戦っていた武尊は当然「-57.5kg」も視野に入っていると思います。そうなると2階級制覇の夢もあります。
また今後は-65kgで2連覇を果たした現在最強の呼び声が高いゲーオ・ウィラサクレックは4階級を制覇したいと言っているのでどこかの階級で武尊VSゲーオの夢の対決も見れるかもしれません(>_<)
またキックボクシングで神童と呼ばれる無敗の王者である那須川天心も武尊を意識しているようですし、武尊VS那須川天心とかも楽しみ過ぎます!
夢は膨らみますね~
武尊はK-1を広めるためにいろいろなメディアに出ているのであのキャラクターもあり必然的にK-1や武尊が注目されるのは間違いないでしょう。
ホントにこれからが楽しみですね♪
戦績
勝敗 | 対戦相手 | 試合結果 | 大会 | 開催日 |
---|---|---|---|---|
〇 |
鎌田裕史 | 2R 2:17 KO | Krush.12 | 2011年9月 |
〇 |
増田勝海 | 3R終了 判定3-0 | Krush-EX 2011 Final | 2011年12月 |
〇 |
稼頭徳 | 1R 2:58 KO | Krush.15 | 2012年1月 |
〇 |
田中一輝 | 2R 2:54 KO | Krush.17 | 2012年3月 |
〇 |
嶋田将典 | 1R 2:03 KO | Krush.18 | 2012年5月 |
× |
京谷祐希 | 1R 3:00 TKO | Krush.19 | 2012年6月 |
〇 |
結城将人 | 3R終了 判定3-0 | Krush YOUTH GP | 2012年9月 |
〇 |
鈴木優也 | 2R 2:58 KO | Krush-EX 2012 vol.5 | 2012年10月 |
〇 |
榊克樹 | 1R 1:43 KO | Krush.25 | 2012年12月 |
〇 |
八神剣太 | 1R 2:21 KO | Krush.26【1回戦】 | 2013年1月 |
〇 |
鈴木雄三 | 3R終了 判定3-0 | Krush.27 準決勝 | 2013年3月 |
〇 |
寺戸伸近 | 3R終了 判定3-0 | Krush.28 王座決定戦 | 2013年5月 |
〇 |
イ・ソルビン | 2R 2:11 KO | Krush.30 | 2013年8月 |
〇 |
後藤勝也 | 1R 2:33 KO | Krush.35 | 2013年12月 |
〇 |
神戸翔太 | 3R終了 判定3-0 | Krush.39タイトルマッチ | 2014年3月 |
〇 |
鈴木雄三 | 3R終了 判定3-0 | Krush.44タイトルマッチ | 2014年8月 |
〇 |
大雅 | 3R 0:13 KO | K-1 | 2014年11月 |
〇 |
大滝裕太 | 3R終了 判定3-0 | Krush.51タイトルマッチ | 2015年2月 |
〇 |
アレクサンダー・プリリップ | 1R 1:48 KO | K-1【1回戦】 | 2015年4月 |
〇 |
瀧谷渉太 | 1R 1:31 KO | K-1準決勝 | 2015年4月 |
〇 |
大雅 | 3R終了 判定3-0 | K-1決勝戦 | 2015年4月 |
〇 |
ハメッシュ・ハキム | 3R終了 判定3-0 | K-1 | 2015年7月 |
〇 |
チャールズ・ボンジョバーニ | 2R 2:16 KO | K-1 | 2015年11月 |
〇 |
ヤン・ミン | 2R 3:00 KO(右ストレート) | RIZIN | 2015年12月 |
〇 |
ヨーセンチャイ・ソー.ソーピット | 3R 0:48 KO | K-1 | 2016年4月 |
〇 |
小澤海斗 | 3R終了 判定3-0 | K-1 | 2016年6月 |